パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

リラクセーション装置

丹波作造

流行しているという手巻きタバコの葉を貰った。いちいち手で巻くのは面倒臭くて閉口する。普通のパイプではボウルが焦げそうな細かい刻みなので、キセルが丁度良いだろう。喫煙具の墓場(と呼んでいる引出し)を漁ると適当な雁首と吸口は見つかったが、羅宇が無い。外を窺っても羅宇屋がピーといって通る気配も無い。竹材置場(の引出し)を見てみると、鍋料理のお玉の柄に使われていた根竹の破片が在ったのでこれを用いることにする。

久々にキセルを吸ってみるとなかなか具合がよろしい。特に一服が短時間で完結するのが何とも言えず清々しい。何十分を越えないと恥だなどと額に汗するのはリラクセーションから程遠い。スモーキングコンテストの緊張の後で一服するには、キセルに限ると得心した。ただし一刹那の喫煙を楽しむには、蝶が花の蜜を吸うようなデリケートな点火を要する。間違ってもターボライターを使ってはならない。喫する前に煙草が灰になってしまう。


Relax with your kiseru!

一服で物足りない時、伝説の“火継ぎ”という技法がある。吸い終りかけた火種を掌に転がしている間に、新たにタバコを詰め直したキセルに点火する高難易度技である。一服目途中で煙草入れの中でごそごそと次服のタバコを纏めるのが忙し無く、優雅な所作とは言い難い。旦那衆はどうせ脇に煙草盆が置かれているからこの技は用いない。むしろ、箱根山で一応旅客運送を業とする厳つい個人事業主などが客の無い時に使う技である。素人が志すのは勝手だが、先ずジムに通いローイングマシンで掌の皮を厚くする必要がある。喫煙直後の雁首は非常に熱いので、詰める方の手も耐熱性を鍛えて置かないと技は完成しない。

幼少の頃、顔見知りの個人事業主に火継ぎを教えて欲しいとねだったことがある。
「坊や、こんなことを覚えるより勉強して紙巻が吸えるような人にお成りなせぇ」
と諭された。それが今ではパイプスモーカー、彼はあの世でどう思っているのだろう。

 

[筆者注: キセルの菅部を羅宇と言い、扱う行商が羅宇屋。詳しくは下記を参照]

参考文献: [1] 「喫煙伝来史の研究」 鈴木達也 思文閣出版 1999
  [2] [昭和東京ものがたり(1)] 山本七平 読売新聞社 1990

[編集部注: 一部不適切な表現を修正した]