パイプの愉しみ方

パイプの愉しみ方

イスタンブール・タバコ漫遊記

岡山パイプクラブ KH生

10月9日にトルコ・イスタンブールで開催した国際パイプクラブ委員会(CIPC)創立50周年記念のワールドカップ兼ヨーロッパ選手権合同大会に岡山パイプクラブから4名が出場しました。この大会の概要は大会記に詳しく紹介してありますので、大会記には載っていないタバコ関連の四方山話をご報告します。

 

岡山パイプクラブメンバーは2名ずつ2班に分けてイスタンブール入りしました。大会前に英気を養い観光を楽しむために10月3日夜に日本を出発し、直行便で4日未明に早々に着いた第1班と、10月2日の名古屋での全日本選手権大会に出場してから乗り継ぎ便で遅れて6日に到着した第2班です。第1班には日本パイプスモーカーズクラブ(JPSC)から2名が加わり計4名で、いつも一緒に遊んでいる仲間なので終始、和気藹々の道中でした。

 

イスタンブール空港到着後、入国審査、税関を経て真っ直ぐに向かったのが空港内の免税店。お目当ては高級葉巻です。中東諸国の空港では、日本ではまず手に入らないハバナ産の高級葉巻が比較的安価で購入できることが多いので、勇んで買いに走りましたが、ガラスで仕切った高級葉巻専用部屋の中は殆ど空っぽ。店員に聞くと「全く入荷していない」とのことでした。ウクライナ紛争の影響なのかもしれません。ありふれた中級葉巻が申し訳程度にありましたが、日本で買うよりもかなり高い値段とあって購入見送り。

 

とてもがっかりしましたが、未練がましくタバコ売り場をなおも覗いていると、ケバケバしいパッケージに入ったドミニカ共和国産の葉巻を発見。価格も5本入りで千円弱と激安(=つまり安物)とあって、試しにいくつか購入しました。イスタンブール滞在中に自分で喫うためと、帰国してパイプ仲間にお愛想でばら撒くためのものです。

 

ホテルに着いて早速試喫してみました。ドミニカ産の葉巻用タバコ葉を原始的に巻いただけの代物で味は強烈。1本喫っただけでニコチンとタールで頭がクラクラしました。香料も添加されているようですが、チャチな香料など吹き飛ばす「ザ・ハマキ」という感じ。香ばしい上等な高級葉巻とは全く別物ですが、本物の(安い葉を使った)葉巻であることは間違いありません。ニコチンとタール大好きの根っからの愛煙家だけが満足する葉巻の真打です。「コロンブスもこんな原始的な葉巻を喫ったんだろうな」と思うことにしました。

 

イスタンブールは人口1400万人の巨大都市。道路混雑の凄さ驚きました。空港からホテルまで向かった大型ハイヤーの運転手さんが神業の運転技能の持ち主。道路に駐車してある車とサイドミラーまで僅か5ミリの差ですれ違うという究極のアクロバット運転。イスタンブールで運転できたら、世界中どこでも楽々運転できると言われているそうですが、さもありなんです。衝突事故にも遭わずに旧市街地中心部のグランドバザールのすぐ近くのアパートメントホテルに早朝、投宿しました。このホテルは1、2階がトルコ料理のレストラン。繁華街の真ん中で観光も買い物も徒歩圏とあって至極便利でした。

 

残念なことに、栄光のトルコ共和国も欧米発の忌まわしき嫌煙ファシズムに汚染されてしまっていてホテル内は全館禁煙との由。とはいうものの、アパートメントホテルの我々の8畳間程の広さの食堂の換気扇の下には立派な大理石の灰皿が置いてありました。意味は明白ですよね。硬直した原理主義に毒されないトルコ民族の深い叡智を実感しました。詰まらぬ禁煙ルールとやらを愚直にも守ろうとする日本のホテル経営者は是非見習って欲しいものです。欧州の一流ホテルでも禁煙は建前だけというのが少なくありません。私の拙い経験から言わせてもらうと格式の高いホテルになればなるほど、禁煙は表向きのジェスチャーです。
閑話休題。回教国はアルコールも一応ご法度ですが、我々第1班の4名は毎晩、食堂に集ってビールやワイン、持参の日本酒を嗜みながら、パイプタバコでプカプカと深夜まで愉快に歓談したことを申し添えておきます。

 

到着日の午前中に買い物の下検分に訪れたグランドバザールは内部が迷路のよう。ぼんやりしているとすぐに迷子になってしまいます。まず驚いたのはその偽物天国ぶり。本物なら数千万円はするパテック・フィリップなどの超高級時計があり得ない金額で堂々と飾られて売られていました。日本の一橋大学に留学経験があるというトルコ人の話では「品質の良い偽物と、品質が悪い偽物をきちんと選り分けるのが買い物上手」とのことでした。賢明なる日本人観光客は、高級品は冷やかしだけで十分でしょう。トルコ政府はEUに加盟できないので、腹を立てていますが、知的財産権無視では致し方ないでしょうね。

 

とはいえ、香辛料、オリーブ石鹸、フルーツ茶、トルコ菓子などの日常雑貨は魅力的です。翌日、我々は少々足を伸ばして徒歩でエジプシャンバザールも訪ねてみましたが、アルガンやオリーブなどの高級石鹸、ナッツ類を蜂蜜で固めた高級トルコ菓子、フルーツ茶などが買い求めやすい価格で売られており、ついつい大量に買ってしまいました。 残念なのはグランドバザールとエジプシャンバザールで売っているメシャムパイプは一目でわかる粗悪な三級品ばかり。そもそもタバコを売っていないことでした。タバコやパイプ目当ての愛煙家はバザールにわざわざ行っても時間を浪費するだけです。

 

トルコ人は概してタバコが大好きです。道路や軒先で紙巻きを喫っているトルコ人は多いのですが、煙草屋がなかなか見つからないのは不思議でした。街中を歩き回ってようやく探し当てた煙草屋には安い紙巻きしか売っていません。仲間が1箱買ったので1本貰って試喫してみましたが、薄味で美味しくないというのが実際のところでした。

 

仕方がないので、水タバコ屋を覗いてみると、薄暗い店内でトルコ人のおじさんたちが静かに水タバコを味わっています。なんだか映画に登場する阿片窟を連想する雰囲気です。私は日本で水タバコを試したことがありますが、軽すぎてどうも口に合いません。それでもホテル近くの水タバコ屋に連日通っているうちに店の主人と仲良くなりました。「日本人が水タバコ屋にわざわざ来るのは珍しい」とのことで歓迎してくれました。

 

帰国前に挨拶に訪ねたら「日本で喫ってくれ」と、水タバコ用の葉を贈り物として用意してくれていました。私が「実は水タバコは味が柔らかすぎて物足りない。どうせ頂けるなら水タバコの原料のオリエント葉を頂けないか」と虫の良いお願いをすると、「早く言え」と奥の倉庫の大きな段ボール箱の中からカラカラに乾燥している黄褐色のオリエント葉を一掴み袋に入れて「これは強いぞ」と言ってプレゼントしてくれました。

 

ホテルに戻って、ウィスキーを数滴垂らして湿気をつけて味付けし、パイプに詰めて喫ってみました。「強いぞ」と言われるほど強烈ではないものの味は濃厚。実に芳醇で美味しい。微かに糖分の甘味も感じます。正真正銘のオリエント葉の味です。帰国してからは、バージニアとバーレーのハーフ&ハーフに、ごく少量混ぜて私独自のブレンドに仕上げて楽しんでいます。味に格別の深みが増して、パイプ喫煙の素晴らしさを満喫しています。

 

大会出場のため、やはりイスタンブール訪問中のスロヴァキアのパイプクラブ・ニトラの創設者ミハル氏が、我々のホテルを6日夕に訪ねてくれました。ミハル氏はCIPCの事務方の重鎮で旧知の仲。大会準備で忙しい中、わざわざ岡山パイプクラブ、JPSCとの親睦増進のために来てくれたものです。1階のレストランで美味しいトルコ料理を注文して我々の喫煙自由食堂に運ばせ、夕食を共にしながら酒とパイプタバコで深夜まで歓談しました。

 

日本から持参した1合瓶の樽酒1ダースをニトラのパイプ仲間にお土産で渡すと、ミハル氏はスタニスラフ社特製の「スロヴァキア・日本親善パイプタバコ」をお礼にくれました。スタニスラフ社の社長のスタニスラフ博士はチェコとスロヴァキア両国のパイプクラブ連盟会長を兼務し、さらにCIPCの副会長も兼務しています。同博士からの友情の証としての贈り物との由。上質のラタキア葉、オリエント葉、バージニア葉を絶妙にブレンドした最高級のパイプタバコ。帰国して早速頂きましたが、今や幻の雲上タバコとなったバルカンソブラニーの味を彷彿とさせるもので、パイプ喫煙の至福の時を味わえました。後で第2班の面々にもお裾分けしました。

 

連日のケバブ料理にやや飽きたので、7日の昼下がり、皆で世界遺産ブルーモスク近くの高級レストランに足を運びました。せっかくイスタンブールに来たので、世界三大料理の一つのトルコ料理の真髄を極めてみようかという軽い気持ちです。喫煙レストランだけに入るのが我々愛煙家の固い信条です。数店回って喫煙自由の宮廷料理の店を見つけました。最上の席に通されましたが、まだ寒くない涼しい程度の気候なのに暖房がガンガン入っていて暑苦しいばかり。客へのサービスのつもりなのかもしれません。ウェイターに命じて暖房を止めました。高級店の筈なのに、猫が自由に店内をうろついているのがご愛嬌といったところ。

 

回教国の建前で酒はメニュー表にありません。仕方なしに、まず冷たいシナモン茶を頼みましたが、これはまさに絶品。運ばれてきたグラスの上でシナモンの小枝が赤々と燃えていて、芳しい香りが辺りに漂っています。飲んでしまうのが惜しいほど。これが本場のシナモン茶かと恐れ入りました。料理メニューはトルコ語と英語で書いてありましたが、内容がよくわからないので、写真で美味しそうに見える料理を各人適当に一品ずつ頼んで、四人で味見をしながら分けて食べることにしました。これが大失敗でした。

 

料理はそこそこ美味しかったのですが、やはり食べ慣れないトルコ宮廷料理とあって、仲間の一人がホテルに戻ってから夜になってお腹の具合が悪くなって苦しみました。同じ料理を四人で分けて食べたのに一人だけ苦しんだ訳ですから、食中毒や食当たりという性格のものではなく、食べ慣れない料理を保守的な胃腸が受け付けなかったものだと思います。 この高級店は、ウェイターが勘定の際にしつこくチップをねだるので、訳を質すと「店から給料を貰わず、チップだけで生活している」とのこと。米国流の醜悪なレストラン文化に染まった店でした。得た教訓は、日本の観光客は場違いの高級店には行かないことです。

 

さて、今回の1週間余りの短いイスタンブール観光のハイライトは、トルコパイプクラブ連盟が金角湾、ボスポラス海峡遊覧船を借り切って催した前夜祭(ガラディナー)でした。エミノニュ港を出航してメフメット大橋まで行って折り返す2時間余りのゆったりした遊覧観光です。

 

ゆっくり進む遊覧船から眺めるイスタンブール両岸の夜景の素晴らしさは筆舌に尽くし難いもので、この日のために用意した高級葉巻とパイプタバコを甲板に上がって爽やかな潮風の中でじっくり味わい、各国のパイプ仲間と挨拶、懇談しているうちに、楽しいクルーズは終わりました。

 

 

 

余談を一つ。メフメット大橋の袂で折り返しのために遊覧船は後進し始めました。船尾甲板で眺めていた私は、船がどんどん後進して船尾がボスポラス海峡の石積み岸壁にドーンと衝突しそうになったので、「あっ!ぶつかる」と肝を冷やし、「ここで沈没しても、岸壁側だから命は助かるな」との思いが瞬時に脳裡を掠めました。ところが、岩壁から僅か50センチというところで船は前進に切り替わり。驚異の操船技術です。ハイヤー運転手さん、遊覧船の船長さんといいトルコの方は極限技能の持ち主でした。

 

今回の旅行で私が経験したタバコにまつわる話ばかり紹介しましたが、実はとっておきの内緒の話があります。もちろんタバコにまつわるとても面白い逸話です。

ただ、その話はこの欄で紹介するにはまだ機が熟していません。この日本パイプクラブ連盟のホームページを愛読して下さっているパイプ愛煙家の方はおそらく数年後に知ることになるでしょう。

それまでのお楽しみにして、筆を擱きます。