ヒトはなぜたばこを吸うのか ―参考図書紹介

ヒトはなぜたばこを吸うのか ―参考図書紹介

13.2009年に出た「たばこの本」
(財)たばこ総合研究センター 大久保雅夫

1. はじめに

2009年はたばこ関係の書籍が豊作で、忘れられない年となった。刊行順にみてみると、3月末にTASC編『たばこの事典』、6月に日本パイプクラブ連盟編『パイプ大全』と室井尚著『タバコ狩り』、9月に上杉正幸著『案じますな、今じゃ---ひとり暮らしの高齢者26人の語り』(TASC 双書 7)と三和良一・鈴木俊夫共著『日本たばこ産業 百年のあゆみ(日本語版)』が出、12月には『同(英語版)』が掉尾を飾った(注1)。いずれも力の入った労作である。興味のある方は、前の四つについては書店で販売しているので購入していただきたいし、後の二つについては非売品だが、主要な公立図書館や大学図書館にJTから寄贈されているので、読んでみてほしい。

TASC編『たばこの事典』
たばこ総合研究センター(編)『たばこの事典』:税込価格18900円、B5判、山愛書院

日本では嗜好品に関して、酒・コーヒー・茶などの専門事典が各種刊行されているのに対し、たばこの事典類となると1955年日本専売公社刊行の部内資料『専売用語辞典』を数えるだけであった。その意味で、本書は日本初の本格的たばこ事典である。事典類がわれわれの知識を豊かにし、認識不足による誤解を解くばかりでなく、人類文化の発展に役立っていることは周知のことである。

ところで、日本では1904年の専売制施行以来、たばこ事業の運営は大蔵省や日本専売公社、それを継ぐ日本たばこ産業株式会社(JT)の独占となってきたことから、研究も一任され、結果としてたばこに関する論議はそれらの内部だけで行われてきたように思われる。それだけに仲間内のジャーゴン(業界内だけで通用する専門語)で用が足りてしまい、事典刊行の必要性はなかったのかもしれない。しかし、1985年に民営化されて日本たばこ産業株式会社が発足し、世界中のたばこ会社との競争が激しくなるにつれて、たばこを語る基本用語の定義を確立し、外部とのコミュニケーションを円滑にする必要性が痛感されるようになってきた。そこで、たばこ総合研究センター(TASC)が、創立30周年を期して、事典の刊行を企画したわけである。しかし、ことは簡単ではなかった。編集委員・執筆者など70名余りが5年の歳月をかけることとなり、2009年3月末にようやく完成した。

本書はB5判800ページで、かなりな大きさと厚さだが、引きやすく使いやすい。自宅のパソコンでも用語の意味が簡単に検索できるように、検索機能ソフトを付した用語篇CDも付いている。本書は、総説篇、用語篇、付録、年表の4篇が一冊になったものとみてもらえばよい。総説篇は歴史・原料・製造・マーケティング・喫煙と健康・科学についての分野別解説だから、たばこの全体像をつかみたいならば、まずこれを読むとよい。事典たるゆえんの用語篇には、約3000のたばこ専門用語の定義と解説がある。見出し語に英語訳を付してあるので、外国人とコミュニケーションをとる際など、極めて有効である。付録には、総説篇や用語篇に入らないような大型の地図や詳細な統計などが収められ、年表には世界と日本のたばこに関する主要事項が掲載されている。たばこ屋さんなど、この本を1冊お店に備えつけておくと、お客様からの質問に答えるのに大いに役立つのではないだろうか。

日本パイプクラブ連盟編『パイプ大全』
日本パイプクラブ連盟(編)『パイプ大全』:税込価格2520円、四六判、上製、未知谷

日本パイプクラブ連盟(田中需会長)が創立30周年を記念して刊行した労作。「パイプのことはなんでも載っている」というから、執筆者や編集者のご尽力に敬意を表したい。パイプブランドやハンドメイド作家のほか、パイプたばこのブランドも多数紹介されている点が、類書に見られない特徴である。「パイプの歴史」では、「フカシロ」「柘製作所」など、なじみの会社名も登場してくる。

たばこについて調べる際は『たばこの事典』が第一だが、それでもわからないパイプに関する詳細事項は、この「大全」に頼るしかない。「入門編」がついていて、パイプ喫煙を始めようとする初心者にも役立つ。数多くのパイプブランドの紹介は、ベテランの興味関心をそそるだろう。その意味で、パイプ愛好家はもちろんのこと、全国のたばこ販売店でも必読の書籍にちがいない。

一般書店のほか、「春山商事」や「フカシロ」、「柘製作所」で取り扱いをしているので、一般の方は一般書店で、たばこ販売店は「春山商事」「フカシロ」「柘製作所」で購入するのが便利だろう。

室井尚著『タバコ狩り』
室井尚(著)『タバコ狩り』:税込価格714円、平凡社新書、平凡社

本書は、たばこをめぐるさまざまな議論を総まとめにしてわかりやすく整理している。ちなみに、財団法人たばこ総合研究センターでは2005年に『紫煙のゆくえ---喫煙の社会環境』を出版したが、本書はその後の議論を詳述している点に特長がある。

全部で6章構成となっているが、中心は第4章「受動喫煙の詭弁」かと思われる。喫煙規制の論拠がきわめて怪しいという、明快な立論が提起され、たいへん厳しい社会環境の現状に怒りを感じる愛煙家たちの共感を誘ってやまない。

上杉正幸著『案じますな、今じゃ---ひとり暮らしの高齢者26人の語り』
上杉正幸(著)
『案じますな、今じゃ---ひとり暮らしの高齢者26人の語り』:税込価格1890円、 四六判、山愛書院

財団法人たばこ総合研究センター理事で健康観研究者として有名な香川大学教育学部教授の上杉正幸氏の執筆した『案じますな、今じゃ』は、ひとり暮らしの高齢者26人に、人生を語ってもらい、高齢者福祉について考察したもの。少子高齢社会を迎え、どのように対応していったらよいのか、大問題となっている今日、日本を含む世界各国の現状と対策、あるいは理論的諸問題については、社会福祉や医療問題の専門家が、多くの書物を著わしている。しかし、本書はそれらの書籍とは一線を画し、庶民の生の声を拾ったものである。しかも、彼らは戦中・戦後の困難を生き抜き、多くの労苦をまとった人生を越えてきている。その体験をふまえ、今をあるがままに受け入れているのである。それらから聞こえてくるものは何だろうか、福祉関係者はもとより、ひろく介護世代にも読んでいただきたい好著である。

『日本たばこ産業 百年の歩み(日本語版・英語版)』
三和良一・鈴木俊夫(共著)
『日本たばこ産業 百年の歩み(日本語版)』:非売品、日本たばこ産業株式会社

三和良一・鈴木俊夫(共著)
『日本たばこ産業 百年の歩み(英語版)』:非売品、日本たばこ産業株式会社

(1)公刊の経緯

多種多様な企業の社史編纂の実績をもつ日本経営史研究所では、最近における多国籍企業化の進展にともなう国際的なM&Aの動向に鑑み、英文版企業史刊行の重要性に着目してきた。RJRナビスコ社(米国)の海外事業部門やギャラハー社(英国)の買収などにより世界第3位のたばこ販売高を占めるにいたった日本たばこ産業株式会社(JT)の活動に注目したのは自然のなりゆきといえよう。日本経営史研究所の由井常彦前会長ならびに三和良一会長(注2)が『日本たばこ産業株式会社(JT)百年史』(日・英版)発刊を、JTに提案したのは2006年初めのことであった。

一方、財団法人たばこ総合研究センター(TASC)は、たばこおよびたばこ産業の人文・社会科学的研究を目的に設立され、かねてから欧米たばこ企業の経営史についての関心をもちつづけてきた。『アレンツ文庫世界たばこ文献総覧』(全7巻、TASC、1982〜1989)の全訳をはじめ、ナニエ・M・チレイ(著)『R.J.レイノルズたばこ社史』(TASC、1992)、H.コックス(著)『グローバル・シガレット---多国籍企業BATの経営史1880〜1945』(山愛書院、2002)、R.クルーガー(著)『灰から灰へ--- PM経営史と米国喫煙健康問題史』(TASC、2002)、フランシスコ・コミン・コミンほか(編)『タバカレラ---スペインたばこ専売史1636-1998』(山愛書院、2005)等々の翻訳・出版を手掛けている。しかも当時、比較経営史の気運においてたばこ産業も例外ではなくなっていた。TASCとしても、たばこ専売制度の確立から専売公社の終焉にわたる『たばこ専売史』の抜粋英訳を検討していたのである。

そもそも、日本たばこ産業史としては、『たばこ専売史』全6巻(計7冊)と『JT20年史』がある。しかし膨大であるばかりでなく非売品で、たいていの公共図書館にあるとはいえず、一般の人が手軽に手にとって、読み通せる書物とも言い難い。そこで、たばこの世界史から今日にいたるまでを1冊で概観でき、しかも読み物としておもしろいものを作りたいと考えたのである。さらに、海外で発展を続けるJTの活動が理解できるものを念頭に置き、日本語版のほかに英語版も作成することをめざした。

(2)本書の要点

第一に、たばこの起源からコロンブスによる世界的伝播、さらには日本への伝来から江戸時代までがプロローグとして掲げてあることから、それと本文とを合わせて読むことにより、「日本のたばこ産業」の世界史的位置づけが明らかになる。明治時代以降になると、数多くの民営企業に担われていたものが、専売制実施により大蔵省専売局による国営となり、第二次大戦後は半官半民の公共企業体・日本専売公社となり、1985年には民営化されて日本たばこ産業株式会社という特殊会社になった。つまり、日本のたばこ産業を担う組織形態は、二転三転どころではなく、大幅に変動してきた。この過程が簡潔に辿られている。

第二に、コロンブスの新大陸発見以降、旧大陸に伝えられたたばこは瞬く間に世界中に広がった。それとともに、16世紀の英国とスペインとの争いを例に挙げるまでもなく、葉たばこが急速に世界の主要貿易品目の一つとなったことは間違いない。さらに19世紀には、ボンサック紙巻機の発明を契機として、ジェームズ・B・デュークはアメリカンタバコ社を大企業に発展させ、さらに英国たばこ企業と競争の結果、大同団結してブリティッシュ・アメリカン・タバコ社(BAT)を創設し、世界市場を牛耳った。このように、たばこ産業は必然的に世界企業となる性格をもっていたし、原料の葉たばこも、製品の紙巻たばこも世界商品だったのである。この世界的競争の観点からみると、日本のたばこ産業はその脅威に絶えずさらされてきたともいえる。たとえば、明治の専売制発足の理由として日露戦争の戦費調達にあったといわれるが、見方を変えればBATによる日本市場浸食を恐れての対応とも推測される。第二次大戦後の日本再建を担った吉田茂首相はBATからの買収提案を検討したことさえあった(後に断念している)。一方で、日本のたばこ産業は、世界のたばこ企業から恩恵も受けていた。たとえば、東亜煙草株式会社は、当時のたばこ製造の常識となっていた中骨処理のノウハウを知らず難儀していたところ、ギャラハー社から技術指導を受けたおかげで、競争していくことができた。現在のJTはそのギャラハー社を買収するまでになったのだから、奇遇といわねばなるまい。

第三は、従来の専売史が「正史」としてすべてのトピックスを万遍なく叙述したのに対して、本書は経営史の観点から重点的に書かれた。そもそも経営史は、競争条件や経営資源の制約など企業の環境条件の中で、経営者たちがどのように戦略を立て適応していったかを研究することを目的としている。さらに、近年では、各事例の一般性と特異性を把握して類型化し、国際比較する試みが進められてもいる。そのため著者たちは、菊間敏夫、藤崎義久、筧正三、故・関口二郎、山田忠明、西原孝治、久野辰也、東辰哉、本田勝彦、染谷守彦、小泉光臣、藤本宗明、志水雅一(実施順)氏ら、専売公社からJTにかけて最前線の諸問題に立ち向かった方々にインタビューをおこなっている。本書著作者の問題意識は、日本のたばこ産業が、原料問題の制約や喫煙と健康問題の制約の一方で、外国企業との競争や技術発展へどのように適応していったのか、さらには日本社会に生起した喫煙と健康の問題等にどう対処したかにある。果たして、日本のたばこ産業の生産性は、国際的にみて上回っていたのか、下回っていたのか。また、社会的対応は如何、それらの点に留意して読むと、さらに興味深いだろう。

(3)日本語版と英語版の相違点

本書には日本語版と英語版との2種類がある。当初の原稿はもちろん日本語で執筆され、そのまま日本語版となったが、その英訳作業は、単純に縦のものを横にしたわけではなく、外国人にとって詳細すぎる説明を省略する一方、特殊日本的なわかりにくい点については説明を加えるなどの工夫が施された。翻訳にはT・I・エリオット氏が担当され、世界のたばこ産業史に造詣の深い東京大学経済学部客員教授レズリー・ハンナ教授の監修を仰いだ。その作業中、日本語版読者からの意見を反映することもできた。さらに、本書は全般にわが国たばこ製品のパッケージ写真を多く収録しており、他の社史にない特徴をなしている。口絵についても、英語版は16ページと、日本語版の8ページの2倍になっている。その結果、英語版では日本語版にはないデータや説明が加えられていることに注意していただきたい。

[おことわり] 本稿は、(株)JTクリエイティブサービス新聞編集部のご了承をいただき、『たばこ塩産業新聞(販売流通版)』2010年1月15日号から転載したものです。
たばこ塩産業新聞の購読は年間1260円(郵送料は別途)です。購読希望の方はJTクリエイティブサービス新聞編集部、電話03-3507-8568、FAX03-3507-8571へ申込下さい。

(注1)2009年に出版された書籍はこれ以外にも、(1)日労研編集部(著)『水たばこ---香馥時間』(日労研、2009.1)、(2)湯沢威・鈴木恒夫・橘川武郎・佐々木聡(編)『国際競争力の経営史』(有斐閣、2009.3)、(3)JTデザインセンター・たばこと塩の博物館(企画・監修)『ポケットの中のデザイン史---日本のたばこデザイン1945-2009』(美術出版社、2009.5)など多数あるが、本稿では紙幅の関係で6冊のみを紹介した。ちなみに、(1)は水たばこや水パイプに関する本邦初の書籍、(2)は上記『日本たばこ産業 百年のあゆみ』の著者の一人である鈴木俊夫東北大学教授の「明治期日本の民営たばこ産業と国際競争---アメリカン・タバコ社と村井兄弟商会」という論文が掲載されており、(3)は日本のたばこのパッケージデザインが網羅されている。
(注2)これらは2006年での役職であり、2009年現在は田付茉莉子・青山学院大学教授が会長代行を務めている。