大会記

大会参加記

2009年パイプスモーキング・ワールドカップ選手権大会 遠征記その3

<承前>

11日の大会当日は前日と打って変わって朝から雨模様。選手権大会は昼から始まるので、遅めに起きていわゆる朝昼兼用のブランチをしっかり食べて、昼ごはん抜きで大会に臨むつもりだったが、日本選手団一行は時差ぼけの関係で皆、早朝5時頃に目が覚めてしまい、7時前からレストランで揃って食事。

食事を終えて、ホテルのロビーでゆっくりコーヒーを飲んでいると、今大会の優勝候補筆頭の呼び声が高いイタリアチームの一行が声高にはしゃいで騒いでいる。見ると世界記録保持者の髭面のジアンフランコ・ルスカーラ (Gianfranco Russcalla)氏の姿も見える。イタリアチームの中には、なんと早朝から蒸留酒パーリンカを飲んでいる面々もいる。そういえば前回のサンクトペテルブルクでのワールドカップ大会でも、大会本番の会場内でウクライナのキエフパイプクラブの連中がウォッカを持ち込んでラッパ飲みしていた。ほろ酔い気分の方がパイプ喫煙に集中できるのかもしれないが、欧州人の酒の強さには唖然とするしかない。

開場は午後2時。腹が減っては戦が出来ぬと、日本選手団一行は雨の中、ホテル近くの軽食屋でサンドイッチを食べて、意気揚々と会場に乗り込んだ。今回の大会は、意外なことにクラブごとに着席するのではなく、まったくばらばらに座ることになっていた。1テーブルに10名ずつ。場内を見渡すと最後尾の筆者の席から3つ離れたテーブルにY博士、O博士は最前列。M女史とT氏は最後尾の右側の席に背中合わせで着席。残念ながら小柄なS夫人の姿は見えない。筆者のテーブルの前にはパリパイプクラブの中年の紳士。左側にはスロベニアの青年が座った。スロベニアの青年曰く「チーム編成を崩してバラバラの席に座る意味が果たしてあるのだろうか? やりにくいな」。フランス紳士も「およそ意味ないね」と相槌を打ち、しばし雑談しているうちに、デブレツェンパイプクラブ会長が開会の宣言。例によって主催国言語のマジャール語の後、英語、フランス語と同じ内容で話すのでまどろっこしい。

いよいよ競技開始だ。まず大会使用パイプとマッチ2本が配布された。パイプに不具合がないか、出場選手は熱心に調べる。今回のパイプは地元ハンガリーのパイプメーカーが作成したもので、銀巻きのなかなか風格あるパイプだ。

いよいよ、たばこ詰め開始が宣言された。5分間で思い思いの流儀でボウルに詰めていく。たばこ詰めを終えて、壇上の巨大なデジタル時刻表示のスクリーンを眺めていると、たばこ詰め終了でデジタル時計がゼロを示した。その瞬間、ファンファーレが鳴り渡った。壇上の時計を見ると既にデジタル時計が競技開始の時刻を刻み始めていた。

「あれれ、おかしいな。着火開始の宣言がないのに」と思ったら、なにやら壇上の大会審判席が騒がしい。主催者のハンガリーパイプクラブ連盟が大会運営に不慣れで、たばこ詰めの時刻表示がカウントダウンでゼロになったところで、いったん時計を止めるべきなのに、ゼロから直ちに競技開始の時刻表示に移るようにプログラムしてしまっていたのが原因のようだ。やはり慌てて着火してしまったテーブルがいくつかあったようで、改めてマッチを配りなおして仕切り直し。こうした予想外の大会運営のミスは、チーム単位の着席にしなかったことも原因の一つだろう。

ちょっとした混乱がようやく静まり、改めて着火開始の鐘の音とともに、一斉に着火。場内は濛々たる煙に包まれる。着火ミスの選手はほとんどいない。今回のたばこの葉は、ハンガリー製らしく辛くてあまり美味しくないが、葉が柔らかく適度に湿り気があり、長持ちしそうな予感がした。好記録が期待できるぞと、心中期するものがある。

前回大会ほどではないが、今回大会でもタンパーでテーブルを叩いて煩く鳴らす悪習が東欧や旧共産圏のチームを中心に見受けられた。この詰らぬ悪習は止めた方が良い。筆者の横のスロベニア青年がタンパーでカンカンとしきりにテーブルを叩くので、前に座っているフランス紳士が顔をしかめて憤慨していたが、青年君はお構いなしだった。

世界選手権やワールドカップに参加していつも思うのは、欧州諸国の選手はひっきりなしにタンパーを最初から使ってボウルの中の火種を調整しようとする。日本の大会でもタンパーをよく使う人がいるが、比較にならない。タンパーを最初からひっきりなしに使い続けるから記録が伸びるとは限らないと思うが、世界記録が少しずつ伸びている半面、日本記録がこのところ更新されない事情を考えると、やはりタンパーの使い方に長喫いの秘訣があるのかなとも感じる。

さて、残念ながら日本選手団は実力を発揮できず、筆者を始めとして40分過ぎてポツリ、ポツリと火が消えてしまった。最も健闘したのが選手団最年少のT氏だが、わずか1時間余りの本人にとっては不本意な記録だろう。テーブル席の婦人審判に消えたと申告して退場した筆者は1階のロビーに降りて悄然とコーヒーを飲む。ロビーには火が消えた各国選手がたむろして賑やかに歓談している。筆者が改めて消えたパイプのボウルを覗くと、たばこが表面からわずか2ミリほど燃えただけで、まだたっぷり残っている。まことに勿体無く、我ながら実力不足が不甲斐無い。斜め脇に座った大金持ちといった風情の紳士が「何分だった?」と聞くので「40分30秒」と答えると「わざわざ東洋からはるばる来たのに、残念ですな。私は5分で消えた」と破顔一笑、「まあ、気を落とさずに」とブランデーを勧めてくれた。

この恰幅の良い方はスイスチームの選手で、チームバッジを交換してしばし歓談するうちに、次々に日本選手が降りて来た。実力を発揮できなかった敗因を各々分析して、後は楽しく各国のパイプ愛好家と交歓。東洋からの参加チームは日本チームだけだったので、欧州のパイプ愛好家から気軽に話しかけられ、温かく歓迎された。余談だが、日本チームのチームバッジは大変な人気があり、様々なクラブから「交換して欲しい」と求められ、とうとう交換するバッジが無くなってしまった。そこで、お土産に持参した缶の日本酒がいくつか残っていたので、M女史がチームバッジの代わりに進呈すると「ジャパニーズ・サケ」と大いに喜んで貰え、色んなお返しを頂いた。

さて、2時間近く経過したので2階の会場を覗くと、ちょうど「2時間が経過しました。残りは11名です」とアナウンスしていた。低水準の記録で沈没した我が日本遠征団を尻目に、地元ハンガリーチームとイタリアチームの優勝争いが続いていた。2時間30分を超えたところでハンガリー2名、イタリア1名の争いになり、2時間50分を超えてハンガリー選手が脱落、もうすぐ3時間というところで、最後のハンガリー選手の火が消え、暫定首位は世界記録保持者のジアンフランコ・ルスカーラ氏になり、盛大な拍手。世界記録更新かという気分が盛り上がるうちに3時間9分でルスカーラ氏氏が右手を上げて、消えたという合図。パイプ検査にも合格して優勝が決まった。

この後、表彰式だが、デブレツェン発のブダペスト行き特急列車の発車が迫っており、日本選手団一行は表彰式には出ないで駅に向かった。ブダペスト行きの夜行特急列車の中では、ハンガリービールを大いに楽しみながら歓談。

日本遠征団の2チームが全体に実力を発揮できなかったのは残念である。しかし、負け惜しみではないが、パイプのワールドカップで記録を目指すことも大切だが、世界中のパイプ喫煙愛好家が1年に一度集まる折角の機会に、日本から遠路はるばる参加して、世界のパイプ仲間と交流して、親睦を深めることにも大きな意義があるのは間違いない。

<終わり>
日本パイプクラブ連盟事務局